|
カテゴリ
以前の記事
2011年 02月
2010年 12月 2010年 02月 2009年 11月 2009年 09月 2008年 11月 2008年 07月 2008年 05月 2008年 03月 2007年 09月 2007年 08月 2007年 07月 2007年 06月 2007年 05月 2007年 04月 2007年 03月 2007年 01月 2006年 11月 2006年 10月 お気に入りブログ
最新のコメント
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
検索
タグ
おすすめキーワード(PR)
ファン
|
先日、ある素敵なパーティにて私どもの剱舞を御披露させて頂くという嬉しい機会を頂戴いたしました。
その機会は、『六本木にこれほど「和」の閑静な場所があったとは…』と驚いてしまう隠れ家的レストランにて開催された、ある高名な漫画家の先生の一つの節目をお祝いするパーティにおいて頂戴いたしました。 私どもが上演させて頂いたパフォーマンスは、そのパーティの主役であられる先生の代表的な連載で、10数年にわたって連載されたひとつの大作をモチーフにさせて頂き、その作品から受けた僕たちの感動を剱舞作品にアレンジするという、大変畏れ多い、大変光栄な、そしてまた大変に緊張する企画でした。 レストランの中庭に本火の篝火をふたつ焚きつつ、約20分間ほど上演させて頂いたのですが、都会の喧噪がさほど遠くない場所から聞こえて来る中で、その中庭だけは宗家のヤマト歌と、剱舞の懸け声、そして燃えさかる薪のパチパチという異質な音たちに満たされて、不思議な違和感の空間になっていたように思います。 上演後には先生から温かい御言葉を頂戴することが出来て、何ともホッとさせていただきました。 夜空と篝火と冬の風。 都会の片隅でも自然を感じながら舞わせて頂くことが出来た今回の経験は大変素晴らしいものでした。 余談ではありますが、以前から先生のファンであった石綱くんと大澤くんはずっと浮かれていました。朱美さんは和服の衣装でありながら、松竹衣装の石澤さんのコーディネイトによって大変セクシーになってしまいました。相澤さんは棒術の振付と格闘しながらも楽しそうでした。 この経験を僕ら桜月流に運んで来てくださった宗家の20年来の友人Sさんに深く感謝しています。 パーティの締めくくりに語られた先生の一言も感動的でした。 そしてまた、このパーティを先生にプレゼントされたSさんの目にうっすらと光るものにも我々は大変感動させられました。 なんとも夢のような夜でした。
最近の自動販売機(「自販機」となかなか言えない)の傍らにはほとんど必ず置いてあるペットボトルやスチール缶のリサイクルのためのゴミ箱。以前、リサイクル運動が盛んでなかった頃は置いてないところも珍しくなかった。
とても便利だと思う。その場で簡単に捨てることが出来るし、ちょっと気が引けなくもないが、ペットボトルの中を洗ったり、ラベルをはがさないで捨てることが出来てしまう。 以前、喜国雅彦さんの4コマ漫画で、1コマ目でゴミ箱が置いてある「良い」自販機で飲み物を買い、4コマ目でゴミ箱が置いてない「悪い」自販機の上に置き捨てる…といったネタがあり、思わず笑ってしまった経験がある。 そんな便利でありがたいゴミ箱なのだけど、最近良く見かけるのはペットボトルや缶など以外の様々なゴミが置き捨てられている光景だったりする。 『こんなに色んなゴミ、ここに置き捨てて行ったら回収の人が困るだろー』 一応、自分ではエコ人間だと思っているので、マナーを無視してリサイクルを妨げる無作法には怒りを感じる。 もともとペットボトル回収のためのゴミ箱に全然関係ないゴミを置き去りにする、という思いやりのない思考にも腹が立つ。 『ここに置き去りにしとけば誰かが片付けるだろう』…と思って悪びれずに捨てて行くのだろうが、ひどく思いやりのないことだと思う。そりゃたしかに誰かが片付けなくてはならないから、誰かが片付けるだろうけど、自分で出したゴミを自分で後片付けする責任を放棄して、見ず知らずの誰かに押し付けていくことの出来る無神経さはどこから出てくるんだろう。 昔、先生に教わった、『始末』。 始まりがあって、終わりがあって、始・末。 何かを便利に使ったり、飲み食いした「始」。 その結果、使い終わって不要になったモノたち「末」。 自分が何かの恩恵にあずかって生じた結果がゴミなのだから、その恩恵に感謝して、きちんと片付けて次の段階に送り届けてやろうではないか。きちんと見送ってやろうじゃないか。 ただゴミを正しく捨てるだけだから「この星の円環」というほど大げさなことではないにしても、受け取ったバトンは、しっかりと次にバトンタッチしようではないか。ほんのちょっとした思いやりで、そのバトンタッチがスムースに行くかも知れないじゃないか。 人間が作りだした様々なモノ。特に腐らないモノたちは困る。地球の円環に戻らないから、土に還らない。 そういったモノたちは特に丁寧にバトンタッチしなければ。 あと、あれはまた腹が立つ。 強い風をともなう雨が降った日に、道路にさんざん散らかされたビニール傘の残骸たち…。 自分でさしてた傘だろー。 傘の骨がひっくり返って壊れたからって、道に置き去りに捨てていく道理はないでしょー。 壊れた傘は、自分で持ってかえって燃えないゴミの日に捨てるのが当たり前だろー。 ああ…今日もまたしても「立腹帳」だ。 # by fumio826 | 2010-02-07 04:53
今朝、ニュースを見ていていきどおった事があります。
先日、長い逃走の末に逮捕された一人の犯罪者のことをネット上で讃える人達がいるということです。 その人達の中には取り調べを妨害しようと工作を試みる人や、ファンクラブを作ろうとする人達がいるということでした。 その事件で被害に遭われた方の御遺族の気持ちをほんの少し考える想像力さえもない人達なのだと思います。 その被害者の方は、しかも外国の方です。 もし、自分の娘が異国の地で理不尽にも命を奪われ、その異国で犯人のファンクラブが作られようとしていることを聞かされたなら、その親御さんはどれほど辛いだろうか。どれほどその国に裏切られたような気がするだろうか。どれだけその国のことが嫌いになるだろう。そんな、人間として常識以下の思んばかり、察し、心配りさえもこの国では失くしつつあるのか。そう思うと情けなくて涙が出る。 『逝きし世の面影』(渡辺京二著・葦書房刊)に綴られている、明治時代の日本を旅した英国女性のエピソードは、まさに『逝きし世=古えの日本』なのであろうか。 「私は親切な人びとが(日本中の)どこにでもいることについて語りたい。…(中略)…二人の馬子は特にそうだった。彼らは私を助けようと、出来ることは全部してくれた。馬から降りるとき優しく支えてくれたり、赤い苺を手に一杯摘んで来てくれたりした。…(中略)…私が雨に濡れたり、おどろかされたりすることがないように気遣い、全ての品物が旅の終わりまでちゃんとしているかどうか、慎重に目を配る。…(中略)…馬子だけではない。人力車夫たちが私に対してもおたがいに対しても、親切で礼儀正しいのは、私にとって不断の喜びの泉だった。彼らの疲れを知らぬ善良な性質と、ごまかしのない正直さと、親切で愉快な振る舞いによって、私たちの旅の慰めとなったのである。伊勢旅行を終えて彼らと大津で別れる時が来た。彼らの頭である、この忠実な男と別れねばならぬのがどんなに残念か、彼のいそいそとした奉仕、おそろしく醜い顔、毛布を巻きつけた恰好がもう見れなくてどんなに寂しいか、言いあらわせないほどだ。いや、違う.彼は醜くはない。礼儀と親切に輝く顔が醜いということはありえない。…私は彼の顔を見たいし、またイエスが幼な児について、『天国にあるはかくのごとし』と語られたように、ある日、彼について語られることがあるようにと希むものだ。」 「逝きし世の面影」をもう一度、この日本に取り戻す事は出来ないのだろうか。
先日、東京国立博物館・法隆寺宝物館前の特設ステージにて剱舞を御披露させていただく機会に恵まれました。
とても大きな企業の新製品発表会における、ひとつのシーンとして踊らせて頂いたのですが、その新製品は日本刀をモチーフにしたもので、その特徴のひとつという『スプリング・ドライブ』なる静寂さと緊張感を併せ持った動きは僕が憧れてやまない類いの不動感があり、剱舞の中にこんな動きを取り入れたいと切に思わせるものでした。 そして、時計の針は夜の8時をとうに回った頃、かがり火のような灯りに囲まれた池の上に設営されたステージで踊らせて頂いたのですが、黒いステージは水面との境界が夜の闇に溶け込んでいて、まるで水の上で踊っているような感じでした。 しかも、水の上にパフォーマーと剱を浮かび上がらせるような幻想的な照明が僕たちの足元を定かに照らし出すはずもなく、上演中に誰かが水の中に落ちるのではないかとややハラハラしました。 (僕は子供の頃からの不勉強が幸いしていまだに視力がよく、暗めのステージでもさほど足場は気にならなかったのですが、相澤美千子はかなり緊張していました。きっと子供の頃に良く勉強したのでしょう) 宗家のヤマト歌が国立博物館周辺の樹々に響き、僕たちは剱の交錯と共に発する懸け声で喉を嗄らしつつ、桜月流のパフォーマンスは無事終了いたしました。 パフォーマンス終了後の皆さんの温かい拍手には大変感激いたしました。 劇場空間とはまた違い、屋外でのパフォーマンスは自然の大きさが感じられてとても好きです。 桜月流の演目は自然のもとで行われることに適している気がします。 主催の企業の皆様、スタッフの皆様、大変素敵な時間をご一緒させていただけまして、本当にありがとうございました。
東武カルチュア・スクールのレッスンでは今まで桜月流の舞台公演で行ってきた振付を稽古してもらっています。
現在は『いまごとのしるし』という宗家のヤマト歌に剱舞の振付をしたものを用いてレッスンしています。先日、東京国立博物館で行われたイベントでもこの作品をオープニングに用いました。手前味噌ではありますが、気持ち良く剱を振ることの出来る振付がついていると思いますので、ヤマト歌と剱の流れを楽しみながら自然と上達してもらえるのではないかと思います。 舞台公演の振付を用いてレッスンさせて頂いているのは東武カルチュアだけですので、高田馬場の道場で行っているレッスンとはまた違って、実践的な剱舞のポイントをお伝えさせて頂いています。 僕自身も普段はめったに練習しない振付を反復出来て楽しいです。 特に女性向けに振付した剱舞などは自分で踊る機会がほとんどないので、新鮮です…。
最近、練馬や板橋でも『たぬき』がテクテクと道を横切る場面に出くわす。
猫より足が遅いみたいだ。道を渡りきるまで、こちらがヒヤヒヤする。 道ばたで止まってこちらを見つめている顔が何とも愛嬌があって可愛らしい。 道は人間だけでなく色々な生き物が通る。 クルマで移動する際にはもちろん人やクルマとの事故に気をつけつつ、それに加えて他の生き物がいつ飛び出して来るかわからないことに気をつけている。(残りの人生で何年間クルマを運転して行くのかわからないが、絶対に猫や生き物をひきたくない) でも、きっと、色々な虫たちなどはひいてしまっているんだろうなぁ…申し訳ない。 この前、ちょっと雨が降った日に大きなカエルがひかれてしまっていた。 僕が通りかかった時はたぶんひかれてからまだそんなに時間が経ってなかった。 『…ここにいたら他のクルマにも続けてひかれてしまう』…何ともやりきれない気持ちになった。 道ばたに移すのに手こずった。自分の意気地のなさに情けなくなる。 整備された道路、クルマが快適に加速出来る道路は本当に便利だ。人間にとっては。 カニが産卵のために移動する地域に道路が通ってしまった為に、おびただしい数のカニが自動車のタイヤによっていのちを落とす。 こういった話を聞くたびにやりきれない気持ちになる。自分の非力さを情けなく思う。 お願いですから道路を作る時には出来るだけ丁寧に色々な生き物のことを考えて作ってほしい。 猫やたぬきが飛び出して来ない道路が発明されるといいなぁ、と良く思う。 …はなはだ他力本願なのだけど。
日本のみなさんへ 私のごあいさつをお送りします
私には ぜひお伝えしておきたいと思っていることがあります 私は 美しい日本を訪れたことがあり そこで町や家や山や森を見て 日本の子供たちが 生まれ育ったところを とても大切に思う心を 持っていることを知りました いつも私の机の上には 日本の子供たちが私に作ってくれた 色のついた絵でいっぱいの 大きな厚い一冊の本があります 今こんなに遠く離れている あなたたちが 私のあいさつを受け取ったならば 私たちの時代になってはじめて さまざまな国に住む人々が おたがいに 優しくわかり合えるようになったことを考えてみてください 前の時代では いろんな国の人々がおたがいのことを わからないまま暮らしていました それどころか おたがいに恐ろしがったり 憎しみ合っていたこともありました 兄弟を思う気持ちと同じように 多くの国の人々が おたがいを思い合うことが もっと広く 世界の中で育ってゆくことを期待しています 年をとってしまった私は そのような気持ちをこめて 遠い国から 日本の小学生のみなさんへ ごあいさつをお送りいたします いつの日か あなたたちの世代が 私の過ごしてきた時代を 恥ずかしいと感じるようになることを 私は期待しています アルバート・アインシュタイン 70歳の誕生日を祝って日本の子供たちが贈った本の御礼に、アインシュタイン博士が送ったメッセージ。 『いつの日か、あなたたちの世代が私の過ごしてきた時代を「恥ずかしい」と感じるようになることを私は期待しています』 この真摯なメッセージに心を打たれます。 そしてまた、アインシュタイン博士が86年前に感じた日本人の本来持つ温かさ、善良さ、素直さ、そしてまた日本という国の自然の美しさを今一度取り返したいという気持ちが強まります。
今月頭の5月6日、塚本こなみ先生渾身の足利フラワーパークで素晴らしい一日を過ごさせて頂きました。今年の園内の活気も驚異的な印象でした。『…植物園ってこんなにたくさんのお客さんが来場するものなのか…』足利フラワーパークを中心にした周辺の活気は社会現象とも言える巨大な規模の盛り上がりでした。この、たぶん歴史上ものすごく稀な植物園を信念と愛情で牽引していらしたこなみ先生は本当に偉人です。そしてまた、『奇跡の大藤』と呼ばれる藤たち(藤棚が4箇所あります)は本当にすごいです。こなみ先生のまさに入魂の大藤、並ぶものなし、目に見える幽玄、ズーン…とお腹の底に響く感動、近くで目の当たりにすると自然と頭が下がってしまう、もはや神の宿る存在、畏れ多いのに何度も会いに来たくなる、美しい神秘的な空気を発散している空間です。そんな神がかりの大藤と真直ぐに向き合っているこなみ先生は、やはり、もはや、何なのでしょう、わかりません、すごすぎる偉業を静かに深く成し遂げてしまう、今の地球が一番必要としている存在です。NHK『プロフェッショナル 仕事の流儀』、『課外授業 ようこそ先輩』などで先生の深く澄んだ瞳を御覧になられた方も多い事かと思いますが、こなみ先生はTVの中でお話しされている雰囲気と普段の雰囲気がまったく変わりません…。あの、先生の何とも言えない優しさ、強さ、憂い、励まし、癒し…様々な響きを含んでいる不思議なお声はどんな相手に対して放たれる時も変わらないのです。僕のようなよこしまな人間にも先生は優しいです。強きになびき、弱きをくじく私には到底出来ないことです。来年もまた足利フラワーパークには必ず行きたいのですが、叶うことであれば今年のうちにも先生には何度も御会いできればそんなに嬉しいこともあまりないと思います。
先日、自分どもの公演『剱・今事記〜音〜』の幕を無事に下ろすことが出来ました。
稽古そして公演の期間を通じて、自分自身にとりまして大変興味深い機会でした。 様々に面白い発見があったのですが、まとめようと思うとなかなかうまく行かず…また今度しっかりと考えた後に御報告させて頂く事が出来るといいなぁと思っています…。 自分たちの公演が終わってホッとしたところに大駱駝艦の田村一行さんから有り難いお電話を頂戴いたしました。 以前にもこのブログに書いたことがあることかと思いますが、KOtoDAMA企画(児玉信夫さんの主宰するプロダクション)の『陰陽師』(原作・夢枕獏)と言う公演で御一緒したことがきっかけで、以降、本当に色々とお世話になり、一行さんのお人柄のおかげで僕は勝手に心からの親友と思わせて頂いています。 そしてその電話で、一行さんの演出・振付・出演する公演のチケットが1枚だけ(しかも追加公演…!)残っているという何とも嬉しいお知らせを頂いたのでした。 大駱駝艦の壷中天公演の前売券は本当にプラチナチケットです。 電話を頂いてからの約1週間、久しぶりに一行さんの踊りが観れると思うと何だかとても気分が良かったです。 そして、昨日ついに壷中天に足を運ぶことが出来ました。 約1時間半の舞台。 立錐の余地がないのに緊張感も途切れることのない客席。 熱気あふれる…どころか、熱気も汗もほとばしる舞台上の皆さん。 そして、終演…。 素晴らしい。 素晴らしい舞台でした。 心温まる舞台でした。 人間の愛情深さを存分に感じることの出来る素晴らしい公演でした。 一行さん、塩谷さん(塩谷さんとも『陰陽師』で御一緒させて頂きました)皆さん、素晴らしい姿でした。 先日の自分共の公演(剱・今事記〜音〜)で股関節と膝の靱帯を痛めてしまって、ずいぶんと意気消沈していたのですが、昨日の舞台を拝見しているうちに何だか腰の調子も良くなってしまいました。 良い踊り、良い芸術は人の身体・健康に対しても良い影響が多々あるようです…! すばらしい。 僕も剱を振って舞台に立つ身の上。 一行さん始め、大駱駝艦の皆さんの姿を見習い、少しでも精進して成長して行きたいという思いを新たにしました。 いやーホントにすばらしい。 今後も田村一行さん、そして大駱駝艦の動向は見逃せません。
|